大林組と三井住友銀行

私(永井隆雄)は、2年ほど関西経済同友会という経済団体にいた。その事務局で主任研究員をしていて、いくつかの委員会を担当した。企業経営(住友金属)、国際通貨問題(日本生命)、経済政策(大林組)、代表幹事(関西電力と住友銀行-当時-)、その他、サントリーなどとお付き合いした。
大林剛郎氏は当時、幹事。慶應の先輩で、卒後はスタンフォードで建築を専攻。大林の副社長から社長を経ないで、副会長。関西経済同友会の代表幹事になって活躍された。
経済政策委員会は事務局で経済に最も精通した私が担当した。1990年代半ば、過剰な金融政策でバブル崩壊、乗数効果の小さい公共工事(1.1程度)もできない、財政政策は国庫から大判振る舞いもできない。仮にしても後に財政赤字が膨らむ。それは将来不安を招き、個人消費を委縮させるから、当時はもう規制緩和しか手がないと考えた。
公共工事を否定することはスーパ-ゼネコンとしてできない。しかし、してもらわないと困る。私は何度も大林組のスタッフ(委員会委員長を支える役割)と打ち合わせする必要があった。
そこで、お昼休みの1時間、ビルまで来てもらい、経済原論から解説。スタッフを慶應経済出身の人にしてもらった。そして、夕方以降、食事をさせてもらい、アイスクリームやコーヒーを飲んで、スタッフと雑談がてら話し、あらかじめ用意した資料で説明。どうにか、提言作成にまで漕ぎつけた。
また、大林剛郎さんには、規制緩和による経済政策が必要とのレジメを渡し、口頭で手短に説明、スタッフから補足させた。剛郎さんも慶應経済、基本的な経済学の知識はあるはず。しかし、規制緩和がなぜ経済政策になり、企業収益向上を通じて景気をよくするのか、理解させるにはその時代には難しかった。
日本政府はその後、小泉・竹中時代、官公庁を合併させ、新自由主義による経済政策を断行。しかし、これは雇用劣化を招き、少子・高齢化を招き、過剰な規制緩和路線を暴走した。共産党切ってのブレーンである二宮厚美は、『新自由主義の暴走』という本を書いて、小泉路線を批判した。そのすべてを肯定できないが、私は二宮の分析力、洞察力、将来に対する炯眼、実証力は評価している。しかし、官僚批判しないのは、官僚社会を志向する共産党路線に沿った限界だ。所詮、二宮はコミュニスト、日本人の幸福を語る資格はない。
日本政府は国民を犠牲にして官僚は十分に手厚くした。しかし、天下りを批判した提言は東大卒の官僚志向を減殺した。年年歳歳、東大出身の官僚は減り、その質は下がっている。
私なりに新自由主義路線を訴えるしかその時はなかった。そして、官僚は、空港など天下り先をむしろ拡大し、新自由主義の反対路線を取った。大阪府・大阪市など自治体も、天下り先の拡大に奔走した。小泉・竹中路線が続けば、官公庁や自治体は天下り先がどんどん減ってしまう。駆け込むように、関空二期工事などのプロジェクトが急ピッチに進められた。私自身、関空二期工事は不要だと考え、関空の閉鎖、琵琶湖に国際空港を作ればいいと言いたかったが、大阪府は私にその会議への出席を依頼してきた。

問題は何か?

大林組は、私を接待し、打ち合わせするにあたり、ファミレス、ステーキハウス、寿司、サーティワンアイスクリーム、マクドナルド、モスバーガー、居酒屋、サウナなどに同伴し、そのレシートすべてを経費として落とした。決してたかったわけではない。時間や場所などやむを得なかった。何でも落とせる、こんな会社、製薬会社以外にあり得ない。破格の給与なら、自腹を切る。
私は住銀とも打ち合わせした。いつもサウナで各自払い。生ビールは相手が払うこともあった。住銀は当時、32歳で1200-1500万もらえた。大林とは事情が違った。住銀の担当スタッフは経済についてある程度詳しい。修士を出たのも海外MBAもいる。しかし、本当に経済政策を理解しているわけではない。当時、売り出し中の高橋進@日本総研も株価動向のことしか考えていない。証券会社の課長クラスのレベル。